ブログやSNSでは、著名人の発言や行動をめぐって強い批判が起こることがあります。特に人工妊娠中絶、出生前診断、障害、安楽死など価値観が大きく分かれるテーマでは、政策や考え方への批判から、いつの間にか発言者本人への攻撃に変わってしまうこともあります。
日本では批判的な意見を述べること自体が直ちに犯罪になるわけではありません。一方、「鬼」「悪魔」「地獄へ落ちろ」など、特定の人物を公然と侮辱する表現については、文脈や公開範囲などによって侮辱罪の成立や民事上の損害賠償責任が問題になる可能性があります。
ただし、「この言葉を書けば必ず侮辱罪になる」「有名人を中傷すると必ず120万円になる」といった単純なルールではありません。刑事責任と民事責任は別の制度であり、具体的な投稿内容や経緯などを踏まえて個別に判断されます。
- 「鬼・悪魔・地獄へ落ちろ」は侮辱罪になる可能性がある
- 侮辱罪と名誉毀損罪は何が違う?
- 反対意見や批判そのものが禁止されているわけではない
- 侮辱罪の現在の法定刑
- 刑事事件と120万円などの損害賠償は別の話
- 損害賠償額は投稿内容や影響などによって変わる
- 架空のストーリーでも「裁判で120万円」と断定するときは注意
- 団体のメンバーの発言=団体全体の責任とは限らない
- 「障害者団体なら非難される」と一括りにはできない
- 議論するときは「属性」ではなく「主張」を対象にする
- 「誹謗中傷」という名前の犯罪があるわけではない
- ネットで強い言葉を書き込みたくなったときのチェックポイント
- 投稿してしまった場合や被害を受けた場合
- まとめ:批判と人格攻撃を区別し、賠償額は個別判断と理解する
「鬼・悪魔・地獄へ落ちろ」は侮辱罪になる可能性がある
法務省は、侮辱罪について、事実を摘示せず、不特定または多数の人が認識できる状態で他人に対する軽蔑の表示を行うことが要件になると説明しています。ブログや一般公開されたSNSへの投稿は、多数の人が閲覧できるため、「公然」という要件が問題になりやすい場面です。
例えば特定の人物を名指ししたうえで「お前は鬼だ」「悪魔だ」と投稿したケースでは、具体的な事実を示すというより、その人物に対する軽蔑的な評価を表現しているため、侮辱に該当するかが問題となり得ます。
もっとも、個別の表現が実際に犯罪になるかどうかは、その言葉だけを機械的に見て決まるものではありません。法務省も、個別具体的な事案における犯罪の成否は、法と証拠に基づき最終的には裁判所が判断すると説明しています。詳しくは法務省「侮辱罪の法定刑の引上げ Q&A」[参照]で確認できます。
侮辱罪と名誉毀損罪は何が違う?
ネット上の誹謗中傷を考えるときは、「侮辱罪」と「名誉毀損罪」を分けて考える必要があります。法務省の説明では、侮辱罪は事実を摘示せずに公然と人を侮辱することが要件です。
一方、名誉毀損罪では公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損することが問題となります。大きな違いは、具体的な事実の摘示を伴うかどうかです。
| 種類 | 典型的に問題になる内容 |
|---|---|
| 侮辱 | 具体的な事実を示さず、相手を軽蔑する表現 |
| 名誉毀損 | 社会的評価を低下させ得る具体的な事実を公然と示す行為 |
| 意見・論評 | 政策、思想、発言、行動などに対する評価や反論 |
したがって、「その考え方には反対だ」と論じる場合と、「お前は悪魔だ」と人物そのものを攻撃する場合とでは法的な評価が異なり得ます。
反対意見や批判そのものが禁止されているわけではない
人工妊娠中絶や出生前診断などについて「私はその判断に反対する」「その主張には倫理的な問題があると考える」と意見を述べることまで一律に禁止されているわけではありません。
法務省も侮辱罪について、公正な論評などの正当な表現行為は刑法35条の正当行為として処罰されない場合があると説明しています。そのため、批判的な内容であるという理由だけで直ちに侮辱罪になるわけではありません。
重要なのは、「行為や主張を批判すること」と「相手の人格そのものを罵倒すること」を区別することです。社会的な問題について議論したいのであれば、人物への悪口ではなく、問題となる発言や制度、倫理上の論点を具体的に取り上げるほうが建設的で、法的なトラブルも避けやすくなります。
侮辱罪の現在の法定刑
侮辱罪については、インターネット上の誹謗中傷が社会問題となったことなどを背景に、2022年7月7日から法定刑が引き上げられました。
さらに2025年6月1日に拘禁刑が導入されたことに伴い、法務省によると現在の侮辱罪の法定刑は「1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」となっています。法務省の説明[参照]も確認しておくとよいでしょう。
なお、法定刑が引き上げられたからといって、批判的な発言が以前よりすべて犯罪になったという意味ではありません。個別の投稿が侮辱罪の要件を満たすかどうかは別途判断されます。
刑事事件と120万円などの損害賠償は別の話
ネット上で「誹謗中傷で120万円の賠償」といった事例を見かけても、その金額を他のケースへそのまま当てはめることはできません。
そもそも侮辱罪などによる刑事責任と、慰謝料などを求める民事上の損害賠償責任は別の問題です。被害者が刑事上の処罰を求めることと、民事訴訟などで金銭の支払いを求めることは同じ制度ではありません。
したがって、「侮辱罪になった=被害者へ120万円を払う」という計算式は存在しません。反対に、刑事事件として有罪になっていなくても、投稿について民事上の不法行為責任が争われる場合があります。
損害賠償額は投稿内容や影響などによって変わる
ネット上の投稿について損害賠償が認められる場合でも、金額は一律ではありません。投稿の内容、悪質性、公開された範囲、閲覧状況、投稿回数、被害の程度など、個々の事情によって判断が変わります。
そのため、別の事件で120万円という数字が出ていたとしても、「同じような悪口だから今回も120万円」と予測することはできません。また、請求された金額と、最終的に裁判所が認める金額も同じとは限りません。
ネット上の情報では「請求額」「和解額」「裁判所が認容した金額」「罰金」が混同されていることもあるため、数字だけを引用せず、何についての金額なのかを確認することが大切です。
架空のストーリーでも「裁判で120万円」と断定するときは注意
法律問題を説明するために架空の人物を設定すること自体はできます。しかし、「AがBを侮辱した結果、裁判所が120万円の支払いを命じた」というストーリーは、あくまで仮定であって、実際の裁判結果を予測するものではありません。
さらに「その判決によって団体が解散した」という展開も自動的に起こるわけではありません。団体の構成員個人に損害賠償責任が認められることと、団体そのものの法的責任や存続は別の問題です。
実在する事件のように紹介する場合には、判決文など一次資料で確認することが重要です。架空事例なら「仮に」「例えば」という前提を明確にしておくと、実在する事件との混同を防げます。
団体のメンバーの発言=団体全体の責任とは限らない
ある団体に所属している人が個人ブログやSNSで問題のある投稿をしたからといって、当然に団体全体が同じ法的責任を負うとは限りません。
本人が個人的に行った投稿なのか、団体の公式見解として発信したのか、団体の業務として行われたのかなどによって検討すべき事情が異なります。
したがって「メンバーが敗訴したので団体が解散させられる」という一般的なルールがあるわけではありません。個人の責任、団体の責任、団体内部での処分などは切り分けて考える必要があります。
「障害者団体なら非難される」と一括りにはできない
社会的にセンシティブな問題では、「○○団体ならこう考える」「障害者ならこう主張する」と集団全体を一括りにしてしまうことにも注意が必要です。
障害のある人、家族、支援団体、医療関係者などの間にも多様な意見があります。出生前診断や人工妊娠中絶についても、すべての当事者や団体が同一の立場を取っているわけではありません。
また、ある団体の発言に対して世間から批判が起きる可能性はありますが、「必ずこのように非難される」と断定することもできません。社会の反応は発言内容や文脈、発信者、時期などによって変わります。
議論するときは「属性」ではなく「主張」を対象にする
例えば「全国の障害者に何もしないお前らは何様だ」という表現は、個別の政策や発言への批判を超えて、非常に広い集団へ攻撃対象を拡大してしまう可能性があります。
議論するのであれば、「この団体が公表した○月○日の声明について、この部分には反対する」「家族への支援策についてどのような提案をしているのか」といったように、確認可能な主張や活動を対象にしたほうが論点が明確になります。
これは法的リスクだけの問題ではありません。属性ではなく具体的な主張を検討することで、出生前診断、家族支援、福祉制度、女性の権利といった本来議論すべき問題について話しやすくなります。
「誹謗中傷」という名前の犯罪があるわけではない
日常会話では「誹謗中傷した罪」と表現されることがありますが、刑法にそのまま「誹謗中傷罪」という名称の犯罪があるわけではありません。
投稿内容によって侮辱罪や名誉毀損罪などが問題になり、別途、民事上の不法行為として損害賠償が争われることがあります。
そのため法律問題を記事やSNSで説明するときには、「誹謗中傷した罪で120万円」という表現よりも、「投稿について侮辱・名誉毀損や民事上の不法行為が問題となった」のように刑事と民事を分けて表現するほうが正確です。
ネットで強い言葉を書き込みたくなったときのチェックポイント
意見が対立するテーマについて投稿する場合は、公開前に文章の対象が「主張」なのか「人物」なのかを確認するとトラブルを避けやすくなります。
- 相手の政策・主張への反論になっているか
- 「死ね」「地獄へ落ちろ」など人格攻撃になっていないか
- 確認できない事実を断定していないか
- 実在する人物・団体について虚偽の情報を書いていないか
- 感情的な罵倒を削除しても意見として成立する文章になっているか
- 他人の私生活上の情報を不必要に拡散していないか
例えば「あなたは悪魔だ」と書く代わりに、「私はその主張には反対です。理由は○○です」と書けば、反対意見の中身を伝えながら人格攻撃を避けられます。
投稿してしまった場合や被害を受けた場合
感情的な投稿をしてしまった場合は、さらに挑発的な投稿を重ねるのではなく、公開状態や内容を確認することが重要です。すでに相手から法的な通知が届いている場合には、自己判断で相手を攻撃せず、必要に応じて弁護士へ相談するのが安全です。
反対にネット上で誹謗中傷の被害を受けた場合には、投稿のURL、日時、投稿者名、画面などを証拠として保存しておくことが重要です。削除依頼、投稿者の特定、損害賠償請求など、状況に応じた対応が検討されます。
法務省もインターネット上の人権侵害について相談窓口などを案内しています。被害を受けた場合には法務省「インターネット上の人権侵害をなくしましょう」[参照]も参考になります。
まとめ:批判と人格攻撃を区別し、賠償額は個別判断と理解する
ブログやSNSで特定の人物を「鬼」「悪魔」などと公然と罵倒した場合、具体的な状況によっては侮辱罪の成立が問題になる可能性があります。一方、社会的なテーマや本人の公表した主張について反対意見を述べること自体が直ちに犯罪になるわけではありません。
「考え方には反対する」という批判と、「お前は悪魔だ」という人格への攻撃は分けて考える必要があります。特にネット上では多数の人に発言が伝わり、投稿が保存・転載されることもあるため、感情的な罵倒には注意が必要です。
また、「誹謗中傷なら120万円」といった固定された賠償基準はありません。刑事上の侮辱罪と民事上の損害賠償は別の問題であり、金額も個々の事案によって異なります。架空事例を考える場合でも、特定の金額の賠償命令や団体の解散までが当然に生じるとは考えず、実際の事件については判決などの一次資料を確認することが大切です。
※本記事は日本法に関する一般的な情報を整理したもので、個別事件について犯罪の成立や損害賠償額を判断する法律相談ではありません。具体的な紛争については弁護士などの専門家へ相談してください。


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